【第37回】地政学リスクとスイス円

解説 内田稔教授
1993年、東京銀行(現・三菱UFJ銀行)入行後、一貫して市場部門に在籍。 2011年より外国為替のチーフアナリストとしてハウスビュー策定を統括。金融専門誌J-Moneyの東京外国為替市場調査アナリスト個人ランキングにて 2013年から2021年まで9年連続第1位。2022年4月より高千穂大学教員に転職。

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Q1: 今週のドル円相場の動向と、それに影響を与えた主な要因は何ですか?
今週、ドル円相場は145円台後半まで上昇しました。主要通貨の中でドルが比較的全面高となった一方で、日本円は非常に弱い動きを見せました。このドル高の背景には、主に中東の地政学リスクと、それによる原油価格の上昇があります。米国は産油国であるため、原油価格の上昇は貿易収支の改善を通じてドル高を後押しします。一方、資源の純輸入国である日本やユーロ圏にとっては通貨安の圧力となります。

Q2: 日銀とFOMCの金融政策決定は、それぞれの通貨にどのような影響を与えましたか?
日銀は、国債の買い入れ額を四半期ごとに4000億円ずつ減らす方針から、2026年度には2000億円に減らすという決定を下しました。これは市場の予想通りでしたが、日銀のバランスシート縮小がより慎重に進められるという「ハト派」的な姿勢が確認され、年内の利上げ織り込みが0.6回から0.5回に低下し、円安に繋がりました。

一方、FOMCは「タカ派」と受け止められ、年内の利下げ織り込みが2回から1.9回にわずかに低下し、ドルを支えました。特に2025年末の据え置き回答が増加し、2026年末の利下げ回数が2回から1回に減ったことが、ドットチャートがタカ派に傾いた主要因と見られています。7月の利下げの可能性は極めて低いと示唆されており、利下げのシグナルが出るとしても早くても8月下旬のジャクソンホール会議以降となる可能性が高いです。

Q3: 米国の税制法案の変更はドル資産の動向にどのような影響を与える可能性がありますか?
米国の税制法案第899条に関する報道がありました。これは、米国企業に不当な課税を行っていると見なされる国の企業や個人、政府系ファンドが米国国内で得た利子・配当・キャピタルゲインなどに対して最大20%の課税を行うというものでした。過去にはこれがドル資産離れを懸念させる要因として紹介されましたが、今週、その法案が2027年以降に延期され、最高税率も20%から15%に引き下げられる内容で上院で審議入りしたと報じられました。これはドル資産離れを鎮静化させる方向に作用する報道であり、ドル高を後押しする要因となった可能性があります。

Q4: 米国10年物タームプレミアムの動きは、現在のドル市場の状況をどのように示唆していますか?
米国10年物タームプレミアム(悪い金利上昇の一因)がピークアウトしたような動きを見せています。これは、ドル離れやドル資産売りの動きが鈍化していることを示唆しています。米国株式相場は4月以降の下落幅の多くを取り戻し、債券市場でも旺盛な需要が確認されている中で、為替市場だけでドル安が進むのは不自然であるという見方もありました。地政学リスクや原油価格上昇といったドルサポート要因とは別に、このタームプレミアムの動きがドル全体を下支えした可能性が考えられます。

Q5: スイスフラン円の市場最高値に迫る動きは何を意味していますか?
スイス国立銀行(SNB)が利下げを行い、政策金利が0%になったにもかかわらず、スイスフラン円が昨年の市場最高値180円に迫る勢いでスイス高円安となっています。これは、政策金利の表面的な数字ではなく、「実質金利」の動きが為替相場に重要であることを強く示唆しています。

スイスでは利下げが行われましたが、それ以上にインフレ率が低下したため、名目金利からインフレ率を差し引いた実質金利はむしろ上昇しました。一方、日本では利上げが行われたものの、それ以上にインフレ率が加速したため、実質金利はむしろ低下しました。金融政策は逆方向にもかかわらず、実質金利の差がスイス高円安方向に拡大したことが、スイスフラン円の上昇を支えています。

Q6: 実質金利の概念と、それが円相場に与える影響について詳しく教えてください。
実質金利とは、名目金利からインフレ率を差し引いたものです。為替を含む金融市場や実体経済において、表面的な名目金利よりもこの実質金利が非常に重要とされています。

今回のスイスフラン円の事例が示すように、日本は利上げ方向にあるものの、それ以上にインフレ率が加速しているため、実質金利はマイナス圏で推移しており、これが円安を進行させている大きな要因の一つと考えられます。これは、金融政策が逆方向であっても、実質金利の差が拡大すれば円安が進みやすい可能性を強く示唆しており、ドル円相場にも当てはまる可能性があるとされています。

Q7: 来週の主要な経済イベントと、市場への潜在的な影響は何ですか?
来週の主要イベントは以下の通りです。

パウエル議長の議会証言(24日〜25日): FOMC後の記者会見で既にタカ派的な発言をしているため、新たな市場材料となる可能性は低いと予想されます。
日米首脳会談の模索(24日〜25日のNATO首脳会議にトランプ大統領が出席するタイミングで): 関税に関する何らかのヘッドラインが出る可能性があります。交渉が成功すれば日本株高・円安、失敗すれば株安・円安に歯止めがかかる動きとなるでしょう。
東京都消費者物価指数(27日): 日本のインフレのしつこい継続が確認されれば、日銀の利上げ観測に繋がる可能性があります。
米国個人消費支出物価指数(27日): FOMC後のパウエル議長の記者会見を見る限り、よほどの数字が出ない限り、米国の利下げを早めるような市場への影響は小さいと予想されます。
Q8: イランへの攻撃判断と総合関税の期限が迫る中で、今後の為替市場の不確実性についてどのように見ていますか?
再来週(7月3日)にはイランへの攻撃判断の期限が控えています。攻撃があった場合、泥沼化してホルムズ海峡が封鎖されれば原油価格上昇を通じてドル高に作用する可能性があります。一方で、短期で事態が収束すれば原油価格が反落し、ドル安方向に作用する可能性もあります。現時点では、攻撃の有無、そして攻撃があった場合のドル高・ドル安どちらに転ぶかについては、全く予測が難しい状況です。

また、総合関税の90日間の猶予期間の最終日が7月9日となっており、交渉がまとまらない国に対しては、当初の税率が一方的に適用される可能性が報じられています。

これら複数の重要イベントが再来週に集中しているため、来週は市場の方向感が出にくく、リスクが続く限りドルは比較的堅調に推移すると予想されています。

8 件のコメント

  • いや~、捕まってしまいました。本動画にタイムリーにもCHF/JPY売で。バカです。
    木曜の16時30分のSNB政策金利直後の大暴騰後の半値下げのところ(177.44付近)で突っ込み打診売し、その後あれれ?という具合で売上がっても急騰に追い付かず、さらには金曜のNY時間にも暴騰して、90pips、2,400千円強の含み損で捕まっています。
    ともに避退通貨ですが、CHFはダウ高にもリスクオンで上昇反応するところがJPY(弱すぎる)と違うようで、酷いことになっています。ひょっとして、(誰も取り上げていないが、ロシアの同盟国ハメネイ体制崩壊可能性で弱気になっているか)プーチンが「第三次世界大戦は避けたい。ゼレンスキーとも会う」と発言しているのが欧州通貨買い(AUDとNZDがダウ高なのに下げているから余計にそう思う)に作用しているのか。イランはトランプの「2週間猶予」で膠着(リスクオン)だし。
    178.59付近で金曜引け。この値辺りは過去、2024年6月24日あたりで一度伸びが停滞しているところなので、なんとか今回こそは下げてほしいところ。2024年7月10日の180.066を付けた後は、翌11日(神田財務官=当時 の為替介入)に249pips大暴落しているので、今度はSNBが介入することもあるやかもしれません(EUR/CHF次第ですが)が。現に、マイナス金利や介入も辞さないとシュレーゲル総裁も発言しているではありませんか(泣)。
    損切?悩ましいところです。ただ、絶対に高値圏であることは間違いないので…。5月13日にもAUD/JPY売で2,730千円を損切しているので…。

  • 今回もありがとうございます。スイス円も大きく円安方向に振れてるんですね。金曜日、東証は通常より2兆円ほど多く売り越しでした。イランーイスラエル問題か、関税期限が迫っていることか、日銀の緩和政策転換か、どれが主因かはわかりませんが、来週以降は荒れそうな気がします。

  • アメリカ財務省による100億ドルの国債の買い戻しつまり買いオペがありました。
    国債金利を抑える狙いかと思われます。

  • ありがとうございます。 先週のポイントでおっしゃった結果から買いで攻めて利確できました。国民はインフレに苦しみ・日銀はインフレ否定に苦しむ。円安になりますよね。

  • いつもありがとうございます。大変参考になりました。
    1991年の湾岸戦争でアメリカがイラクに攻撃を開始した際は、ドル円は138円から132円まで下落してドル買いにはならなかったそうなのですが、
    当時はアメリカはそこまでの産油国ではなかったからでしょうか。

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